初恋 | Novels | 過去倉庫


『 初恋 』




「最近ね、キラが喋ってくれないの」
「はい?」
 出されたケーキの礼を述べる代わりに、変な声が出てしまった。
「返事はしてくれるのよ。でも喋ってくれないの」
「えっとぉ……おばさん?」
「反抗期かしら? アスラン君はどう思う?」

 その日は、キラに貸していた物が急に必要になって、キラの家へ行って。
 けれどキラはちょうど出掛けていて、キラのお母さんに家で待つように言われて。
 いつものように手作りのお菓子が出されて。
 突拍子もない質問をされた。
「ど、どうって……」
 彼女を見ていると、やはりそういうのは遺伝するのだなぁと思う。
 何の脈絡もない問いかけ。
 答えるまで、ずっと顔を覗き込む仕草。
 期待に満ちた瞳。
 全てが。
「僕に、訊かれても……」
「でも、アスラン君、キラと仲良しだし。ほら、友達なら話せるってあるじゃない?」
 理由の作り方まで。
「別に、何も聞いてませんし」
「ふぅーん……アスラン君に訊けば解ると思ったんだけどなぁ」
 思わず、ふっと笑ってしまった。
「あ、何よぅ」
 だって、俺に訊けば何でも解ると思ってる所まで同じだなんて。
 考えもしないから。
 彼女は拗ねるように頬を膨らませた。
 母親というより、少女のような仕草が可笑しくて、また笑ってしまう。
「何よぅ! もうっケーキ取り上げるわよ!」
「え、でも、あはは」
「も――っキラが帰ってきたら言いつけてやるんだからっ」
「喋ってくれないんじゃないんですか?」
「あっ、そっか」
 目に見えて明らかに落胆する、その様子まで。
 その時、玄関の方で音がした。
 しばらくして、キラが少しだけ顔を覗かせた。
「おかえりなさい」
「……ただいま」
「アスラン君がね」
 しかし、キラはふいと自室へ行ってしまった。
「……アスランくぅん」
「あー、はいはい。解りましたから」
 大の大人、しかも母親がそんな情けない顔しないで下さい。

「キーラ、入るよ」
 鍵はかかっていなかった。
 反抗期とか、そんなふうには思えないけど。
「キラ、ねぇどうしたの?」
 ベッドの上に寝転がっていたキラは、ちらと見て、すぐに雑誌へと視線を戻した。
 多少むっとくる。
 まるで不機嫌な時と同じ仕草。
 でも、今回自分には何の過ちも見当たらない。
 なのにどうして。
「おばさん心配してたよ?」
 勢い良くベッドに座って、わざと揺らしてやる。
「……もっと話してればいいじゃん」
「は?」
 また突拍子もなく。
「楽しいんでしょ? お母さんとの方が」
「はあ?」
「僕よりお母さんの方が、好きなんでしょ?」
「何言っ―――」
 はたと思い当たる。

「ねぇ、アスランの初恋って誰?」
「何? 急に」
「んーなんとなく。で、誰?」
 突拍子もない質問には慣れていた。
 考えてみる。
 恋、ていうのかはよく解らないが。
 ふと、彼女の姿が浮かんだ。
「キラの、お母さん?」

「あはははははっ」
「なっ何笑ってんの!?」
「だって、キラ、あはははは」
 普通、それだけで自分の母親に嫉妬するか?
「アスラン!?」
「ごめ、ごめん」
 思わず浮いた涙を拭って、キラの頭を軽く叩いてやる。
 これは、速めに弁解しなくては。
 ていうか、まさか弁解しなければならないだなんて。
「ごめんね。でも本当、好きとかじゃなくてね、憧れ、かなぁ」
「憧れ?」
「そう。ほら、俺って滅多に母上に会えないから」
 仕事柄、彼女の性格も手伝って、滅多に帰ってこない母親。
 それでも好きなのは、惜しみない愛を与えてくれるから。
「キラのお母さん、すごく優しいから、ね」
 それに。
 キラと、とても似ているから、なんて言えないけど。
「お母さんみたいに思っちゃって。ごめんね、キラのお母さんなのに」
「ううんっそんな事ないっ」
 ふるふると首を振る。
「僕こそ、ごめん」
 素直だな、と思う。
 どこか、少し泣きそうな顔が可愛くて。
「ごめん、はおばさんに言おうね?」
「……でも」
「キラは俺と違って、いつでもお母さんに会えるんだから、いっぱい喋らないと。損だろ?」
「…解った」
「よし」
 我ながら、なんて甘いのかと思う。
 でも、仕方の無い事だ。
 なんていったって。
「じゃあ、ごほうび」
 軽く、頬にキスする。
 ふにと柔らかい感触。
「っアスラン!?」
「それにね」
 これだけは、ちゃんと言って置かなくては。
「好き、はキラだけなんだからね」
 キラは触れた所を少しばかり赤くしてから。
 嬉しそうに微笑んだ。
 それから、
「僕も、アスランが好きだよ」
 なんて嬉しい事を言ってくれた。
「さて、ごめん言いに行こうか」
「うん」
 微笑む。
 拗ねた仕草も好きだけど、やっぱりその顔が一番で。
 その面影を彼女の表情に見たんだろうと思う。

 その後、キラはちゃんと謝って、事なきを得た。
 と思ったのだけれど。
「やっぱりアスラン君は頼りになるわぁ」
 なんて言って、彼女が俺に抱き付いたものだから。
 キラが無言で拗ねたのは、言うまでもない。




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