おそらく手紙を書くのは初めて。
それ故に、なかなか思い浮かばない。
――― お元気でしょうか。
「て書くのもおかしいよな…」
手元の紙を丸めて、アスランは軽く伸びをした。
遠くで扉の開く音。
聞き慣れた声。
「ただーいまぁー」
ペンを置いて、アスランは立ち上がった。
「おかえり」
「え?」
「夕食作っといたけど、シャワー先にするか?」
「え?」
「それなら着替え用意するけど」
「え?」
「…どうしたんだよ」
「それはむしろこっちのセリフ」
キラは混乱の隠せない顔で、アスランに問うた。
「なんでいるの?」
「…それってひどくないか?」
まるで自分の時間を奪われた主婦のような。
しかし、キラは真面目な顔で再び問うてきた。
「こっちが訊いてるの。なんで、こんな早くに帰ってきてるのさ」
「仕事が早く終わったから」
「なんで」
「カガリが逃げ出したから」
「…なるほど」
アスランの仕事は、主にカガリやラクスとの会議やらが多い。
今日はカガリとの打ち合わせだと言っていたから、当のカガリが逃げ出したせいで、急遽予定変更、会議は後日に回されたのだろう。
キラは納得したように頷くと、するりとアスランの首に手を回した。
触れるだけのキス。
「ただいま…っていつも言われる側なのにね」
「おかえり。たまには気分転換にいいだろ」
笑い合って、もう一度キス。
「おわ、なんかホテルみたい」
テーブルに並べられた料理に、キラは正直な感想を述べた。
「せめて高級レストランとか言えないのか」
笑いながら、アスランは鍋に火を入れた。
「キラ、どこ行ってたんだ?」
「買い出し、のついでに目の保養」
「……何それ」
「やっぱ街行くとカワイー女の子いっぱいだよねぇ」
アスランは思わず絶句した。
まさかキラの口からそんなセリフを聞くとは。
「今から厚着になってくから、見納めとこうと思って」
…似合わない。
そう思った事は言わないで、アスランは別の言葉を選んだ。
「浮気者」
「は?」
「キラは俺なんかより女の子の方がいいんだ」
「アスラン?」
「俺じゃ目の保養にすらならないんだ」
「はあ?」
「どーせ俺は床下手だって言うんだろ」
「とっ」
一気に赤面する。
そんなキラを放って、アスランは鍋の火を止めた。
用意していた皿にスープを入れる。
その後ろで小さくため息の声。
「なんでそんな方向に行くかな」
口元では笑みながら、アスランはそれを隠して問うた。
「…愛してない?」
「あ、愛してるよ」
「仲直りの、は?」
「はいはい」
後ろから軽く背伸びして、キラはアスランの頬にキスした。
その顎を捕まえて、アスランが深いキスを返す。
「…ご飯が先」
「前菜は?」
「デザートの方が楽しみでしょ」
「…それもそうかな」
ふふ、と笑う。
「じゃあ楽しみは後にとっとくとして」
ふわり、と甘いスープの香り。
アスランはにっこりと微笑んで言った。
「食べますか」
夜が明ける少し前。
自分よりも少し小さな存在を抱いて。
胸を満たすのは、愛おしいという気持ち。
…彼らも、こんな感じだったのだろうか。
自分よりもずっとずっと小さく、か弱い存在をその胸に抱いて。
与えられていたのは無条件の愛情。
ふと。
アスランはキラを起こさないようにしながら、急いでベッドを抜け出した。
最低限見えるぐらいに絞った明かりで、ペンを動かす。
そう、伝えたいのは。
「…アスラン?」
欠けた温もりに気付いたのか、キラがもそもそと起き上がった。
目を擦りながら、アスランの姿を探す。
「あぁ、ごめん。起こしたか?」
「ん…何してるの…?」
光に慣れない目を細めながら、キラはベッドの端に移動した。
「ちょっと、な」
「隠し事ぉ?」
「違うよ。…手紙を、書いてるんだ」
「手紙?」
「そう」
教えるべきか迷うが、アスランは微笑んだまま答えた。
「父さんと母さんに」
「………」
キラは何も言わずに、そっと後ろからアスランを抱きしめた。
慰めではない優しさ。
アスランは小さく笑って、続けた。
「二人とも突然いなくなってしまったから、せめてこうして気持ちを伝えておこうと思ってね」
「…どうやって、届けるの?」
「焼くんだよ。火葬ってわかるかな。あの儀式では、遺体と共に手紙とかも一緒に焼いてしまう事があるんだ。…向こうで読んでもらえるように」
死後の世界があるかどうかはわからないけれど、あるとしたらきっとそこには争いなんてなくて。きっと幸せでいるんだと思う。
自分が失った人がみんな、笑っていられる世界であればいい。
「…僕も、書いていい?」
「別にいいけど…誰に?」
訊いてしまってから、アスランは後悔した。
キラは少しだけ泣きそうな顔をして、それから少しだけ笑って答えた。
「トールに…」
「そっか…」
アスランは片手でキラの頭を撫でた。
「一緒に書く?」
「もちろん」
言って、キラは椅子を引きずってきて、アスランの隣に座った。
大切な人達。
そうだ。ニコルにも送ろう。
あと、ミゲルとラスティと…
色んな、たくさんの気持ちを込めて。
自分を包んでいた、大切な人達に。
「…今日、風がなかったら、できるだけ高い場所に行こうか」
「高い所に? どうして?」
「早く届いてほしいから」
ふ、とキラは微笑んだ。
「そうだね」
カーテン越しに眩しいばかりの朝日。
今日が快晴だと告げる。
封をしてしまうと開けるのが大変だろうから、そのままで。
アスランは封筒に宛名だけ書き記した。
「ついでにピクニックしよう」
とキラが言い出したせいで、思わぬ荷物となった。
近くの高台に歩いて登る。
「アスラン、早く!」
荷物全部をアスランに持たせたキラが、楽しそうに野を駆ける。
頂上に辿り着くと、大きく伸びをした。
「気持ちいいねー」
「あぁ」
無造作に荷物を降ろして、アスランはその場に腰を降ろした。
キラも隣に腰掛ける。
僅かに髪を揺らす風。
それもやがてなくなって。
アスランは手紙を地面に置くと、ゆっくりと火を移した。
煙が細く昇る。
揺れもせずに、ただ真っ直ぐに空へ。
同じように、一枚一枚、ゆっくりと焼いていく。
届きますように。
届きますように。
伝えたかった事。
ありがとうの気持ち。
大好きだったよって。
ふわり、一筋の煙となって。
最後の一枚が焼き終わった時、突然。
「ぅわっ」
「あっ」
風に灰が舞い上がった。
空へと吸い込まれるように、やがて消える。
「…届いたかな」
「今頃、読んでるかもしれないな」
「…恥ずかしいね」
「…恥ずかしいな」
視線を合わせて、同時に笑う。
煙はもう見えない。
育ててくれてありがとう。
怒ってくれてありがとう。
笑ってくれてありがとう。
泣いてくれてありがとう。
愛してくれてありがとう。
そして、
これからもずっと見守っていて。
微笑んでいて。
会えるのはまだずっと先だから。
たくさん話ができるように。
精一杯生きてみせるから。
幸せになるよ。
俺の傍にいてくれて、
ありがとう。
「あと、これキラに」
残していた封筒を、アスランはキラに渡した。
「…今見てもいいの?」
「今見て欲しいな」
「じゃあ…」
封はしてなく、中には紙が一枚だけ。
そこには、簡単な文章が一つ。
『love you forever…』
「…口で言ってよ。恥ずかしいな」
「たまにはね」
笑んだままの唇でキスを送る。
「…キラ」
「ん?」
「ありがとう…」
風は草を撫でて、髪を揺らして、やがて空へと還る。
「俺と共にいてくれて、ありがとう…」
「……」
俯くアスランの額に、キラは何も言わずにキスした。
「だって愛してるから」
アスランは驚いたように顔を上げて、それから照れたように笑った。
素直な気持ちが嬉しかった。
「僕もありがとう、ね」
「どうして?」
「…こんな事言っちゃ怒られるかもだけど…生きていてくれてありがとう…」
たとえたくさんの犠牲の上にある生だとしても。
言葉裏に隠された意味に気付いて、アスランはキラを抱きしめた。
強く優しく。
「…幸せになろうね」
腕の中の愛おしい人が囁く。
返事はキスに込めて送る。
風は優しく
世界を包む青の空へ
届いてますか?
たくさんの思い。
手紙に込めた、
ありがとう。
― the end … ―