『 ――― Fly me to the moon .
私を 月に 連れてって 』
「昔配属された隊で、同郷の奴が懐古趣味でさ」
一つ、二つと星が姿を現し始めた空。
フラガはそれを仰いで言った。
「よく歌ってたよ」
「どういう歌なんですか?」
社交辞令のように、問うた。
フラガが微笑む。
「さぁな。夢のあるものだった気もするが」
目を閉じる。
「俺は現実逃避にしか思えなかった」
『 ――― ここは 嫌なの
息苦しくて 死んじゃいそう 』
「坊主、ちゃんと寝てるか?」
「……寝てますよ」
「睡眠不足は体に悪いぞ」
「だから寝てますってば」
手をついて身を乗り出すと、指先で目の下に触れられた。
咄嗟に後ろに引く。
「キレイなお顔が台無しだぜ?」
フラガは笑って言った。
小さな瓶を差し出す。
「眠れない時は酒でも飲んどけ」
『 ――― 月には 兎がいるかしら?
でも 私は あなたと 二人っきりがいい
とても 素敵ね 』
「歌、上手ですね」
「そうかな」
「二番目、くらいに」
星が増え始める。
暗い青の空。
「じゃあ一番は誰なんだ?」
「……教えません」
「なんだそれは」
夜空を仰ぎながら、声で笑う。
キラも少し笑って、立ち上がった。
「先に戻ってます」
「ちゃんと部屋に戻れよ」
「……はい」
『 ――― だから 早く
早く この手を 握り締めて 』
「……会えないのか?」
踏んだ砂がざくりと鳴る。
「会いたい、です……」
「そうか」
散りばめたような星を仰いだまま、フラガは言った。
「会えるといいな」
「……はい」
振り向きもせず、キラは答えた。
背中に歌を聴く。
『 ――― Fly me to the moon .
私を 月に 連れてって 』
ざくり、ざくり、砂を踏む。
会いたいから、会わない。
あの手を拒む自信がない。
瞬く星々から視線を落とす。
そして。
「キラ」
はためく赤が、似合うヒト。
『 ――― あなたが手を 差し伸べて くれるなら
ねぇ 喜んで その手を取りましょう 』
「っアスラン!」
足が、自然と駆けていた。
会いたかった。
もう一度、確かめるために。
「キラ、俺言ったよね」
カチリ。
それは無表情に牙を剥く。
「それ以上近付くと、撃つ」
驚きに、砂に足を捕られるように、立ち止まる。
「ア、アスラン……?」
「どうして俺を拒む? そっちに何がある?」
「と、友達が……大事な……」
「ナチュラルなんて、守る意味があるの? あんな卑怯な奴らなんて」
「っそんな事ない!」
どうしてそんな事言うんだ。
おかしいよ。
「キラはコーディネイターだ。俺達と同じ」
そうだよ。
でも、行けない。
行きたい。
「こっち側の人間だ。だから」
『 ――― 手を引いて
連れ出して 』
「……ごめん」
違う。言いたい言葉はそれじゃない。
「そっちには行けない」
行きたいんだ。本当は。
彼らよりも、君の元へ。
「ごめん……」
「そうか。仕方無いな」
銃声。
本能で、転がるようによける。
「アスラン!」
冷たい緑の瞳。
銃声。
腰の、いつか渡されたナイフを握る。
体は勝手に動いていた。
『 ――― 楽園だなんて そんな事
だって 月は 綺麗だから 』
嫌な感触。
嘘だ。
だって、彼は軍人だ。軍人のはずなんだ。
「っなんでよけないんだよ!」
どさり。砂が舞う。
刃物を伝う振動に、手が小刻みに震える。
どうして。
「……どうせ、戦場だろ……いつ、死ぬか、わからないんだから」
口元から赤が流れ落ちた。
「殺すなら俺が……殺されるなら、キラが、いいって…」
喋らせちゃいけない。
わかっているのに。
どうして、体の自由が利かない。
抜いちゃ、いけないのに。
「っやだぁ!」
赤が吹き出す。
鉄の匂いにまみれて、吐き気を感じる。
「キ、ラ……」
怖い。
右手を振りかざす。
どうして。
ざくり。ざくり。
「いや、だ……」
無感情に、右手は動き続ける。
その度に跳ねる体。
「お願い……」
ざくり。
崩れた、赤の似合う、ヒト。
「やっ―――」
『 ――― 真っ白に 私を呼んでるわ 』
「やめろぉっ」
開かれた目に映ったのは、星のない空。
低い天井。
MSの中。
違う。
部屋の中。
現実の、AAの中。
「夢……」
キラは両手で顔を覆うと、深く息を吐き出した。
苦しさに、ベッドを降りる。
『 ――― 淡く輝く
あなたの 微笑みのような 月 へ 』
冷えた呼吸が白く煙る。
夢と同じ砂が鳴る。
この視線を落とせば出会えるだろうか。
出会えたなら――
キラは思わず目を見開いた。
その先には。
「……月だ」
初めて。
それは、まるで血。
ナイフを入れれば、どろりと中身が溢れてしまうような。
禍々しい、赫の月。
夢で、視た。
「―― くっ……」
殺されて欲しくない。
殺されたくない。
「……はは………あははは」
あれが本心。
あれが願望。
そうだ。
「あはははははははっ」
彼の言葉は自分の言葉。
キラはその場に座り込んだ。
『 ――― 私をここから連れて逃げて
二人きりの世界へ 』
「ははっ……は………」
涙が落ちて砂に消える。
空に月。
赫い月。
「そうだね。アスラン」
怖がっていてはいけない。
どうせ戦場。
いつかは死ぬのなら。
「僕が殺してあげる」
詩のように滑らかに、こぼれ落ちる。
「僕が、殺されてあげる」
君のために。
喜んで受け入れよう。
絡まる糸を解くために。
自由を。
「次に会う時は…」
見上げた月は、なんて美しい。
『 ――― Fly me to the moon .
私を 月に 連れてって 』
「――― 大佐は、その人に会いたいですか…?」
「会いたいねぇ」
砕いたガラスの光る空。
「会って話して、笑って酒飲んで、歌って…」
「その人は今、どこに?」
視線が落ちて、キラを見る。
フラガは、感情の読み取れない微笑みを浮かべた。
酷く穏やかな微笑みだった。
そして、言った。
「死んだよ」
『 ――― Fly me to the moon .
私を 月に 連れてって
あなたの元に 連れてって・・・ 』
――― and the end...