悩み事 | Novels | 過去倉庫


『 悩み事 』




 ――― それは尽きない女の悩み。



 カガリは鏡の中の自分を見た。顔から首、肩、胸、そして――
 ふに。
 カガリはつまんだモノを見て、盛大な溜息を洩らした。

「う、わぁ!」
 後ろからの衝撃に倒れそうになりながらも、キラはその犯人を確認した。
「か、カガリ?」
 驚きにやや上擦った声も無視して、カガリはキラの腰に回した手を動かした。
「え、くすぐった、あっ」
 さわさわさわ。
「やめ、あっやっ」
 一通り撫で回して、キラが腰から砕けたところで、カガリはやっとその手を離した。
「……」
 しばらく無言で自分の手を眺める。次にキラ。そして――
 ふに。
 カガリは盛大な溜息を洩らした。
 その時。
「き、き、きっ、キラ!?」
 通りかかったアスランが慌ててキラに駆け寄った。抱き起こして無事を確認してから、カガリを見上げる。
「カガリ! キラに何した!?」
「……キラは痩せてるな」
「はあ?」
 全然答えになってない。
「たいして運動もしてないのに」
「それは――」
 当然だと言った感じで、アスランは軽く肩を竦める仕草をした。
「それは?」
 わからずに、そして気になって問うたカガリに、アスランはさらりと。
「毎晩ベッドで――」
「「黙れ!」」
 見事な双子カウンターをくらって、アスランはその場にうずくまった。
 詳しく述べるなら、キラの張り手というよりもカガリの拳の方にダメージをくらったらしい。
「アスランのバカ!」
 顔を真っ赤にして怒鳴るキラに構う事なく、素早く復活したアスランは抗議した。
「だってだな、カガリがどうしてかと訊いたから」
「だからって正直にっ」
「……認めてるんだな」
 冷ややかな目で、カガリはキラを見た。
 キラの顔がますます赤くなる。
「ぼ、僕はっ」
 なんとか言い訳しようとするキラを無視して、再度溜息をつく。
 そして呟いた。
「同じ双子なのに……」
「は?」
 言ったのはアスランだった。
「何言ってるんだ? 同じじゃないだろ」
「そ、そりゃあ、キラはコーディ ―――」
「そうじゃない」
 キラが立ち上がるのを手伝ってやってから、アスランはカガリを真直ぐに見つめて、それから微笑んだ。
「確かにお前らは双子だけれど、同じ人間ではないだろ? キラはキラで、カガリはカガリだ。決して同じじゃない」
 隣でキラも、こくこくと何度か頷く。
「それに」
 微笑みが、ふ、と企みの笑みに変わる。
「キラだって痩せてるんじゃなくて―――」
 アスランは後ろから、キラの上着及びインナーを一気にめくり上げた。
 少しばかり肋骨の目立つ、しかし軽く筋肉の付いた腹部が露わになる。
「うわっ」
「ちょっとした筋肉なんだ」
「何やってんだよ!」
「カガリに見せてやろうと思って」
「ヘンタイ!」
 身を捩って、キラはアスランの胸を両手でぽすぽすと叩いた。
 しかし、アスランは至極幸せそうな笑みを浮かべたままだ。
 それをうわぁ、と思いながらも、カガリは隠れてしまったキラの腹部を凝視した。
 無駄な肉のない、しなやかに締まった腰。
 思い出して、途中でふと、気になる。
 カガリは何の断りもなく、振り向いたキラの上着及びインナーを一気にめくり上げた。
「か、カガリまで何!?」
「いや……コレってアレだよなぁと思って」
「アレ?」
 つ、とカガリの指がキラのへそのちょうど真横に触れる。
 鈍い痛み。
 キラは一瞬にして理解した。
 キラの顔がさっき以上に、耳まで真っ赤に染まる。
「か、こ、き、つ、」
 動揺しすぎて言葉にもなってない。
 それを隣のアスランが冷静に訳す。
「カガリ、これはその、昨日アスランが、付けたものであって」
 余計な言葉をプラスして。
「僕の躰が、ていうか僕の全てがアスランのものであるという証な」
「違う!」
 キラは思いっ切り、アスランの顎にアッパーを見舞った。
 さすがにこれは痛かったのか、アスランは唸りながら屈み込んだ。
 一つ咳払いをして。
「か、カガリは、その、体型が気になってるの?」
「うっ……」
 天然の直球ほど痛いものはない。
 内心うろたえながら、カガリは小さく頷いた。
「……最近、落ち着いてから、急に太って」
「そんな風には見えないけど」
「いや、すごい、腹に肉が付いて、つまめるんだぞ?」
 それに、キラは不思議そうに首を傾げた。
「でも、それが女の子でしょ?」
「…………は?」
「太ってるの気になるのが女の子でしょ?」
「そ、それは…」
 一体、今までどういう環境にいたんだ、キラは。
 カガリがつっこむ前に、いつの間にか復活したアスランが先に言った。
「キラ、それは必ずしもそうではないんだ」
「そうなの?」
「あぁ。太ってるのが気になるのは太ってる女の子だけなんだ。例えば目の前のとか」
 ちら、と一瞥される。
「の、てカガリは物じゃないっ」
 否定するのはそこか。
 カガリはぎりと拳を握り締めた。
「というのは冗談で」
 ふ、とアスランは微笑んだ。
「カガリは太ってないよ。今までが痩せすぎていたんだ」
「痩せすぎ……?」
「そうだ。ずっと極限状態にあったからな。無理もない」
「そ、それに」
 キラは今にもアスランを殴ってしまいそうなカガリの手を握り締めて言った。
「今の方がずっと、かわいいよ」
 ふわりとした、柔らかな微笑み。
 カガリは一瞬の眩暈を感じた。
 俯くようにキラの肩に額を乗せる。
「なんか……キラが弟なのがもったいない」
「お、お兄さんだもんっ」
 必死に抗議する、その様子もたまらなくかわいらしい。
 先程のアスランのいい言葉も忘れてしまえるほどに。
 下を向いたまま、カガリは堪えきれない笑みをこぼした。
 くく、と喉で笑う。
「なんか気にしてるのが馬鹿らしくなってきた」
「考えるのが馬鹿なんだよ」
「アスラン!」
「まぁ、気にする事ができるのは、心に余裕ができたって事だよ」
「余裕が……」
「公務も確かに忙しいが、慣れてきたって事だろう」
 それに、俺も手伝い始めた事だし、とさり気なく続ける。
 ふと顔を上げると、二人とも穏やかに微笑んでいた。
 それをカガリは、初めて見たような気分だった。
 知らず、胸の奥から嬉しさがこみ上げる。
 カガリは一度ゆっくりと瞬きすると、口端をくっとつり上げた。
「なんかすっきりしたし、私は仕事に戻るよ」
「あぁそうだ。俺も行かないと」
 思い出したように、アスランは腕時計を見た。
 キラもそれを覗き込んで、時間を確かめる。
「あ、僕も急がなきゃ」
「そういえば、キラはなんでここにいるんだ?」
「ラクスに頼まれてたプログラムを渡しに来たんだけど」
 キラは鞄の中を探って、小さなディスクを取り出した。
「ラクスがどこか知ってる?」
「なんなら私が代わりに渡しておこうか?」
「え、でも」
「ちょうど今から会いに行くところなんだ。そのついでだよ」
「じゃあ」
 頼むね、と言って、キラはそれをカガリに渡した。カガリも頼まれた、と言ってそれを受け取る。
「じゃ、帰ろうかな」
 鞄を閉めながら、キラはもう一度時間を確かめた。
「あ、アスラン、今日晩ご飯何がいい?」
「この前キラが作った……あれ何だっけ?」
 少し考えてから。
「あーあれか。わかった。それにする」
「うん。楽しみにしてる」
 なんだその会話は。
 カガリは呆れたような顔で二人を見た。
「早く帰ってきてね」
「了解した」
 言って、アスランはキラの瞼にキスを落とした。
 カガリの視線など全く気にする事なく。
「じゃあまたね、カガリ」
「あ、あぁ。またな」
 キラは軽く手を振って、その場を後にした。
 通路を曲がるまで見送ってから、二人で歩き始める。
 その途中で。
「そういえば」
 アスランが口を開いた。
「痩せる、というか、腹筋をつけたいならラクスに訊くといい」
「ラクスに?」
「あぁ。彼女のはすごいぞ」
 思い出しながら、アスランは楽しそうに笑う。
 というか、すごいと評されるラクスの腹筋って…
「歌手だから、毎日鍛えていたらしくてな、今でも日課らしい」
「へぇ」
 突き当たりで、アスランが右を指差して言った。
「俺はここ右だから」
「あ、あぁ。またな」
「あぁ。また」
 軽く手をあげてから、アスランは去っていった。
 それをしばらく見送ってから、カガリはきびすを返した。
 なんか、いいなと思う。
 相談とか、同等の目線で答えてくれる友。
 厳しくも、そして優しい。
 カガリは拳を握って、小さく、よしっと呟いた。




 後日談。

 カガリは鏡の中の自分を見つめた。
 前よりは引っ込んだ下腹を触る。
 ふに。
 そして、思い出す。
 あれは確かに四つに割れていた。
 はぁ、と息を吐いて、カガリは思う。
 ちょっとぐらい太ってた方がいいかもしれない。
 いっか。今のままで。
 カガリは一度頭を振ってから、服を着始めた。





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