個人的フェチシズム(side-K) | Novels | 過去倉庫


『 個人的フェチズム 』




   ♪SIDE-KIRA




 ソノ 「声」 ガ スキ 。

 春の暖かな風のさらう 葉擦れの音 小鳥のさえずり。
 雪解け水の 雫の静かさ。
 小さな 小さな 転がる鈴の声。
 柔らかな 日差し。

 「声」が自分の名前を紡ぐ。
 振り向くと。
 微笑んで、もう一度優しく紡ぐ。
 それだけで。

 ドウニカ ナッテ シマイ ソウ 。


 自覚したのは、アノ時。


「本当にやる気ある? キラ」
「あるよ。あるある。すっごくある」
「嘘っぽい」
 短く息を吐くと、アスランは手作りの冊子を閉じた。
「また同じ所。何回間違える気?」
「……だってぇ」
「だっても何も、あと三週間きってるんだよ?」
 少し怒った声。
「だって、ここセリフ多すぎだよぉ」
 アスランと同じ冊子を投げ出して、ベッドに倒れ込む。
 さらりとしたシーツの感触が気持ちいい。
「たかが二行半に何投げ出してんのさ」
 拾い上げた冊子を丸めて、ぱこんと額を叩かれた。
 痛くはないが。
「主役なんだから、ちゃんとしないと。ほら」
 しぶしぶそれを受け取って、ぱらぱらとめくる。
「主役なんて柄じゃないよ。アスランがやればよかったのに」
「生憎、賢者の方がセリフが多くてね」
 どこか嫌味に聞こえる言い方。
 嫌いじゃないけど、むっとくる。
「じゃあ両方やれば?」
「無理」
 アスランがベッドに座ったせいで、緩く揺れる。
「セリフは覚えられるけど、俺に完璧な演技ができるわけがない」
「何それ」
「演技は苦手なんだよ。キラみたく上手くいかない」
 思わず、きょとんとした顔になってしまう。
「意外」
 軽く眉根を寄せたアスランに、ぱこんと叩かれる。
 でも、言われてみれば。
 賢者の役に感情の抑揚はそんなにないが、だからこそアスランが選ばれたのか。
 それとは真逆に。
「主役は喜怒哀楽の全部が必要だからね。俺には無理だよ」
 そう。
 この主役、某大国の王子様の役は、セリフが少ない代わりに、表現力を必要とする。
「キラは人を引きつける何かを持っているから、選ばれたんだと思うよ」
「……持ってないよ。そんなの」
「持ってるよ。だから俺もずっとキラの親友やってるんだから」
 頬に熱が集まるのを感じる。
 なんとなく見られたくなくて、広げた冊子を顔に乗せた。
「正直キラはすごいと思うよ。だからもう少し、がんばろう?」
 素直に人を褒められるのも、十分すごいと思うのだけれど。
 キラは小さく息をついた。
「わかったよ」
 起き上がって、さっきのページを開く。
 しばらく、じっと見つめて、冊子を閉じた。
「……『止めないで下さい。私にはあなたの声を聞く権利すらありません』」
「『しかし、いいえ、でも私はあなたに物を言う権利があります』」
 覚えやすいように、と相手のお姫様役のセリフをアスランが読む。
 もともと少し高い声なので、目を閉じればあまり違和感を感じない。
 綺麗な声だと思う。
「『聞きなさい。これは命令です』」
「『それでも、聞けないのです。聞けば、きっと私の心はその清らかな声を留めて、忘れられなくなる。あなたに、この想いを打ち明けてしまう。それは……それはいけない事なのです』」
「『なぜですか。なぜいけない事と思われるのですか』」
 ふと、横を見ると、春の緑の瞳がこちらを向いていた。
 逸らすわけにもいかず、役と同じ、困った色の瞳で見つめ返す。
「『私達は、共にいてはいけない立場なのです。今、私達の国が互いに戦をしている最中、例え元婚約者と言えども、私達が触れ合う事は許されないのです。決して……』」
「『私は』」
「『言わないで下さい。何も。私は、とても弱い男です』」
「『いいえ。あなたは強い方です。そして、とても優しい方です。そんなあなたを私は』」
 どくん。
「『好きになったのですから』」
 心臓が跳ねた。
 セリフのせいかもしれない。
 この設定のせいかもしれない。
 どっちにしろ。
 その言葉を紡ぐ声が、あまりに清らかすぎて。
 何も言えなくなってしまった。
「……キラ?」
 続きのセリフを促す声。
「キラ」
 名前を呼ぶ声。
 声、が。
「ちょっとトイレ!」
 半分叫ぶように言って、慌てて部屋を出た。
 背中にアスランの怒ったような、困ったような、声を聞いた。
 扉を閉めて、木目の板に寄りかかる。
 きっと赤い顔を片手で押さえて、息を吐く。
 少し落ち着いた頭に、続きのセリフが浮かんだ。
 小さく音にする。
「『私も、あなたを愛しているのです』」
 言えるわけがない。


 おおよそ世界の 美しいもの全てを 表したような。
 神に 愛されたような。
 全ての祝福を 受けたような。

 狂おしい ぐらい。


 ソノ 「声」 ガ スキ 。


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